大判例

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東京地方裁判所八王子支部 昭和44年(ワ)1197号 判決 1973年9月27日

原告 鈴木ナツ

右訴訟代理人弁護士 和田正年

被告 小林喜代治

同 堀井コノ

同 中里秀男

右三名訴訟代理人弁護士 平原昭亮

同 石川良雄

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告等は原告に対し亡小林トメ(昭和四〇年二月二七日死亡)の遺骨を引渡せ。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、

「一、小林トメは昭和四〇年二月二七日死亡した。

二、小林トメにはその死亡当時生存する配偶者、直系卑属、直系尊属ともになく、小林トメの相続人としては兄弟姉妹若しくはその子がいるのみである。而して原告は小林トメの実妹であって相続人の一人である。かくて原告は小林トメの遺骨の所有権を相続により取得したものであり、小林トメの遺骨を管理して同人の追善供養をなす権利を有し義務を負うものである。

三、ところで、被告三名は小林トメの亡夫小林喜一(昭和三三年五月八日死亡)の子であるところ、小林トメとの間に養子縁組はなされておらず小林トメの相続人ではない。しかるに被告小林喜代治は小林トメの遺族と称し、施主となって小林トメの葬儀をとり行い、その遺骨は被告等がこれを管理している。

四、よって、原告は被告等に対し亡小林トメの遺骨の引渡を求める。」

旨陳述し、被告の法律上の主張に対し、

「一、被告らの主張の要旨は「遺骨の相続については一般財産と異なり民法八九七条の規定により祭祀を主宰すべきものが管理承継すべきものである。」と言うのである。

この点については原告としても何等の異論もないところである。然しながら右の規定は相続人が複数の場合に何れが祭祀財産を承継するかの場合の準則であって相続人と非相続人との間の問題を解決すべき準則ではない。

二、本件の場合被相続人亡小林トメの相続人はその兄弟姉妹である原告外四名であって被告等は全然相続人ではない。

従って被告等は亡小林トメの遺骨について如何なる意味でも相続権がないものである。

特に被告小林喜代治が小林家の祭祀主宰者として亡小林トメの遺骨の相続権を主張するのは旧法時代の家、戸主権の観念を前提とした議論というべきである。

三、更に被告は「原告が遺骨の引渡を求むるためには原告が祭祀の主宰者であることが確定されなければならない」と言うのであるがこれも前述の如く正当なる相続人が複数でその相互間に対立がある場合の問題であって本件被告は遺骨に対する相続権がないのであるから斯る主張は許さるべき筋合ではない。

四、従って本件遺骨引渡訴訟に於ては原告の請求は当然というべきである。」

旨陳述し(た。)≪証拠関係省略≫

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、

「一、原告の請求原因は原告が相続により亡小林トメの遺骨の所有権を取得したこと、亡小林トメの遺骨を管理してその追善供養をなす権利を有し義務を負うものであること、以上の点を除いてこれを認める。

二、そもそも人の遺骨は所有権の目的となり得ないものである蓋し、私的財産の所有を規定する所有権は、何等の経済的価値を有せずその使用収益処分を伴わない遺骨に対しては成立し得ないからである。遺骨を単に有体物として所有権の目的となり得る旨の判例は改められるべきである。仮に遺骨が有体物として所有権の目的となり得るとしても、これに対する権利は「事物の性質上他の財貨に対する所有権と大に趣を異にし特殊の制限に服す」べきものにて「埋葬管理及祭祀供養の客体たるに止」まるべきものであり慣習或は条理によって規定されるべきものである。

民法第八九七条が、系譜祭具墳墓等につきその承継について規定する所以である。してみれば、遺骨は相続についても一般財産とはその取扱を異にし、民法八九七条の規定に準拠すべきである。従って、祖先の祭祀を主宰すべきものが管理承継すべきものである。

ところで被告小林喜代治は小林家の祭祀を主宰する者であるところ、小林トメは被告らの亡父小林喜一の妻(後妻)であるから、被告小林喜代治において小林トメの葬儀を執り行い、その供養をなしてきたのである。

然るに、原告は小林トメの近親者としてその追善供養をなす権利義務を有すると言うのであれば、まず原告が小林トメの祭祀を主宰すべきものであることが確定されねばならず、然らざれば、小林トメの遺骨の引渡を求め得ざるものである。蓋し既述のとおり、遺骨に対し所有権は成立せず仮にこれが所有権の目的たり得るもその権利は制限され祭祀を主宰すべきものにおいてのみ、その管理及び供養のために引渡を求むる権利ありと解すべきが故である。

よって未だ祭祀を主宰すべきものなりや未確定の原告が所有権に基き遺骨の引渡を求める本訴請求は失当である。」

旨陳述し(た。)

立証≪省略≫

理由

小林トメが昭和四〇年二月二七日死亡したところ、同人にはその死亡当時生存する配偶者、直系卑属、直系尊属ともになく、相続人としては兄弟姉妹若しくはその子がいるのみで原告は小林トメの実妹で相続人の一人であることは当事者間に争がない。しからば原告は小林トメの有する一切の権利義務を相続により他の相続人とともに承継したものである。原告は小林トメの遺骨もまた相続財産として原告がその所有権を取得したものであると主張するところ、被相続人の遺体や遺骨は被相続人がその生存中にこれを所有していたというわけのものではなく従って被相続人から相続人にその所有権が承継されるという観念を容れる余地のないものである。又人の遺体や遺骨は一見有体物であって所有権の目的となり得るように思われ、ただその性質上所有権の行使が埋葬、礼拝、供養等の目的で管理するということに制限されるものと解することができそうであるが、遺体や遺骨は一般の有体物とはその本質において全く異なるものであるから、これをもって有体物の一種として所有権の客体となるものと理解するよりも、埋葬、礼拝、供養のために存在しこれらの行事を主宰するものが右の目的のために管理すべき一種特別の存在であって所有権の客体とはならないものと解するのが相当である。原告は小林トメの相続人の一人として他の相続人とともに小林トメの遺産を承継したものであるがその承継した遺産のなかに小林トメの遺骨は入っていないのであり又遺骨は所有権の客体たるべきものではないから原告は小林トメの遺骨に対し相続によるとその他の原因によるとを問わず所有権を有するものではない。人の遺骨はその祭祀を主宰する者が保管するものでありその者の管理を侵し遺骨を不法に占有するものがあれば祭祀の主宰者は遺骨の不法占有者に対しその占有を排除する権利を有するものと解する。ところで原告の本訴請求は、原告が小林トメの遺骨の所有権を有することを原因とするほか、その祭祀を主宰する者であることをもその請求原因としているものと解される。民法第八九七条は系譜、祭具、墳墓等を所有し祖先の祭祀を主宰する者が死亡したとき、系譜、祭具、墳墓の所有権、祭祀主宰者たるの地位を承継する者についての規定であって、人が死亡したときその者の葬儀を執行しその遺体又は遺骨を管理してその祭祀を主宰する者についての規定ではない。後者については民法は格別の規定を設けず専ら風俗習慣に委ねているものと解される。而して風俗習慣によって祭祀を主宰する者が明らかでないとき民法八九七条の規定を準用し家庭裁判所が審判によってこれを定めることもできると思われるがそのことが関係者の間で争われ本件のように遺骨の管理をめぐって紛争が存するとき家庭裁判所のみが審判によってこれを定めることができると解する必要はなく、通常の民事訴訟によってその判断を求めることができるとするのが相当である。そこで小林トメの葬儀を執行しその遺骨を管理して祭祀を主宰する者が原告であるのか、或いは又被告等であるのかについて考察する。小林トメとの身分関係についていえば原告はその妹で二親等の傍系血族であり、被告等は小林トメの亡夫とその先妻の間の子(≪証拠省略≫によれば原告小林喜代治は長男、原告堀井コノは長女、原告中里秀男は四男である)であって一親等の直系姻族であり、ともに小林トメの親族である。而して二親等の傍系血族である兄弟姉妹は直系卑属、直系尊属のないとき相続人となるが姻族は如何なる場合にも相続人とならない。原告は被告等が小林トメの相続人でなく、原告が相続人であることから当然小林トメの祭祀を主宰する者は相続人にあらざる被告らではなく、相続人である原告と考えるものの如くであるが、祭祀を主宰する者とは風俗習慣により定まるのであって相続人とは限らずまた相続人でなければならないということもない。小林喜一は昭和三三年五月八日に死亡したが妻の小林トメは婚姻前の氏に復することもなく又姻族関係終了の意思表示をしたわけでもなく(このことは≪証拠省略≫により認められる)、死亡するまで小林喜一の遺妻として生活したものと思われるのであり、小林トメが死亡した場合は亡夫小林喜一の傍らに埋葬するのが最も自然な措置であると思料される。そのためには小林喜一の祭祀を主宰する者が同時に小林トメの祭祀をも主宰するのが適切であり風俗習慣にも適うものと思料する。尤も小林トメが夫喜一の死亡後婚姻前の状態に復することを願いそのような生活を営んでおりその死亡後も亡夫喜一の傍に埋葬されることを欲せず寧ろ最も近い血族関係にある妹達との交際を重く考え死亡後は実家(生家)の墓地に埋葬されることを願っていたという特段の事情があれば格別であるが、本件においてはそのような特段の事情を認むべき証拠はない。而して小林喜一の祭祀を主宰する者はその長男である原告小林喜代治であると認められるので小林トメの祭祀を主宰するものは被告小林喜代治であると解するのが相当である。被告小林喜代治が施主として小林トメの葬儀を執り行ったのは風俗習慣に基づく適切な措置であったということができる。小林トメの遺骨は生前夫婦の関係にあった小林喜一の埋葬されている墓所に埋葬されているものと思料されるところであるが、このままの状態において小林トメの祭祀をとり行い原被告はじめ親族の人々の礼拝がなされることが小林トメの霊を安らかならしめる方途であると理解する。

以上の次第で被告らに対し小林トメの遺骨の引渡を求める原告の本訴請求はその理由なきものと認めこれを棄却することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 中田早苗)

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